うまのて雑記帳・うまのて的こころ

淡水小物釣りとB級グルメをメインにグダグダ書いたブログ


※更新停止に伴いコメント欄を停止したら過去のコメントまで読めなくなってしまいました。
たくさんのご意見ご感想ありがとうございました。

★昔の競輪場

こないだの更新で昭和53年の大井競馬と、各地の競輪場の出走表をアップしました(重いですよ→http://orange.zero.jp/umanote-ef58-61.olive/s53.htm)。
この中で今と一番違うなぁ、と思わせるのが入場人員・売り上げの多さ。平日の木曜に競輪場に1万人以上入るなど今では考えられません。今なら平塚の記念競輪だってこんなに入らないでしょう。
それが当時は当たり前のように1万人以上の客が入っていたのですから驚きます。さて、そんな昔の競輪場の様子はどんなもんだったのか知ってる人はいないかな、と思っていたら・・・同じ屋根の下にいました、私の父。とりあえずそれとなく話を振ってみました。昔の競輪場ってどんな感じ?、と。で、答えが、
「昔?・・・女競輪とかやってたな、昔は。あれは並んだら並んだまま入ってくるからつまんねぇんだよな。見世物って感じだな。」
・・・・・・・・・・・。あのう、それは昔じゃなくて大昔っていうような気が。そんな前じゃなくってさぁ・・・ということで昭和40〜50年代の話を聞いてみました。
答えが長くなったので要点を箇条書きにすると、
・とにかく人が入った。
・記念や特別の開催だと売り場付近は身動きが取れないほど。
・最前列で見ていると後ろから押されて大変。
・モタモタしてると買い目を全部買えない。

(筆者注・当時は窓口が買い目別。1−2を買いたい人は「1−2」と書かれた窓口に並んで買う。人気が予想される買い目の窓口は主催者判断でその都度増やされる)
・特観席(指定席)の入場券を売るダフ屋も出る始末。
・ボタンのついた服は引きちぎられる恐れがあるのでチャックで留めるタイプのジャンパーなどがよい。
・車券は100円券と”特券”と呼ばれる1000円券。窓口では今のように値段で言うのではなく、500円なら「5枚!」とか2000円買うなら「特券2枚!」とか。

なんか凄そうです。今では想像もつきませんね。特観席なんて閑古鳥鳴いてるっつーのに。
ふと思ったのですが、今公営競技場にいるある程度お年を召した方が申し合わせたようにダサダサのジャンパー羽織ってるのってまさかこの当時の名残?んなことは無いか・・・。